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JYAKUSYA

Author:JYAKUSYA
ようこそ。
私はとある反2ちゃんねるグループの広報担当で弱者と申します。
ここは文書ばかりで、内容も重いものばかりですが、社会問題とは常に重いものです。 それをお伝えするのがこのブログ開設の趣旨ですので、どうかご容赦下さい。

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42:今年の反2ちゃんねる活動を振返って

2007/12/30 (Sun) 06:35
mnbbbgh



【今年の反2ちゃんねる活動を振返って】

今年はいろいろありました。
悪い意味でもいい意味でもエキサイトする一年だったような気がします。
正直 疲れました。

昨年末(2006)に唯一2ちゃんねるに対してNOと言えてたNHKが
完全に2ちゃんねるファミリー(※)の軍門に下ったことを番組を通して
悟ることとなりショッキングな現実を目の当たりにしました。
もうお先真っ暗だと思いきや、毎日新聞が、今年(2007)の始めにいきなり
ネットの問題を真剣に扱った報道を展開するという絶望と希望とが同時に
押し寄せる中、2007年が始まりました。

※「2ちゃんねるファミリー」2ちゃんねるの運営や、その関係者及び
 関連企業等において何らかの利害関係にある人物や組織等を指す反2用語
 当グループが認識し易い様に勝手に命名した。

エンドユーザーである我々(一般ネットユーザー)ができる反2ちゃんねる
活動とは結局、他力本願な部分が多いのが現実です。
今話題になっている薬害訴訟問題のように、メディア等で堂々と顔を出して
訴えることができないという不利な立場が活動の選択肢を狭めているからです。
顔を出して騒ごうものならたちまち全国の2ちゃんねらーの報復の的です。
更に頼みの既存メディアは2ちゃんねると友好関係又は2ちゃんねるに強く
言えない立場に置かれているのがほとんどで、スポンサー企業等を人質に
取られると困る民放局においては特に厳しい状況にあります。

我々がNHKに期待していたのはそのためです。
しかし今となっては・・

NHKが2ちゃんねるに屈したほぼ同時期に2ちゃんねるの「閉鎖騒動」が
勃発してました。当初は勇気ある被害者達が結束して2ちゃんねるへの法的手段
を断行し始めたのかと驚いていましたが、事の進み具合に不自然さがあったのと
報道スタイルが劇場型とも言うべきやけに気取った雰囲気を滲ませていたので
不審に思い、騒動の渦中にある被害者について情報収集を行いました。
すると妙な顔ぶれが並んでいることに気づきました。

2ちゃんねるを相手に法廷で争うことは、報復のリスクがあるだけでなく
当然、金銭的、時間等にもある程度余裕がなければ無理な話で、更にその被害者
がブログ等で声明を発したと同時に特定の既存メディアも報道をドンピシャリに
開始するという一般人では考えられない状況から、その渦中の原告が何者なのか
気になっておりました。
2ちゃんねるの内部情報にもやたら詳しいコメントを発表していることから
「まさか・・」と思いきや・・やっぱりでした・・・
元・2ちゃんねるの高級幹部「山本一郎」氏が関わっていることが判明。

「けなす技術」なんて誹謗中傷を助長するような本まで執筆し、その攻撃性の
高い性格はネットでは知られる人物です。まさに誹謗中傷、名誉毀損の愛好者
のような人物です。
その「貶し愛好者」が貶した相手を訴えるという矛盾した行動ゆえに
更に不審感が募り続けていました。

その他、山本氏が被害者メンバーを募って一つの「被害者連合」を結成して
いたようですが、その連合メンバーについて情報収集してみると少なくとも
堅気の被害者ではなく、2ちゃんねると強い接点を持つ者達で占められていま
した。連合の広報及び実況を担当していた「wanwan」氏はブログで
2ちゃんねるの閉鎖騒動への市民の関心を煽る発言を繰り返していましたが
何故か同時に、パパ様 アイコ様 私などの反2ちゃんねる活動者に関して
半島の工作員などと事実無根の噂を広めるなどの信用毀損攻撃を開始。
彼等は既存メディアとも連携していたため、彼のブログへの注目度は高く
吹聴の効果は抜群でした。

これらの攻撃は当反2ちゃんねるグループにとって初めて経験する戦術
だったため私もさすがに・・てんぱりました(汗
山本連合はwanwan氏のブログを窓口に、仲間を募っていたようですが
本当に仲間を受け付けているのか半信半疑だったため、メールを送って
出方を窺う事にしました。しかし返信は無く、wanwan氏による他の反2ちゃん
ねるへの攻撃は連合全体としての意思なのかを、連合の作戦参謀「小倉秀夫」
弁護士に伺いメールを出しましたがこれも無視。

その後もwanwan氏による攻撃は続きましたが、連合の代表(山本一郎)や
小倉氏が彼を制止する動きもまったく見られなかったので、彼の発言は
被害者連合全体を代表しての意思と受け止め、同時に当グループの
敵対勢力と認識するに至り所要の防衛策を施しました。
しばらくして、wanwan氏が連合から追放されたかのようなリアクションを
ブログで展開し始めましたが、そうした行動が返って当グループメンバーの
不審をかうことになりました。
人格の使い捨てが可能なネット社会では、その行動はあまり意味を持たない
からです。このことを誰よりも解かっているのも彼等のはずです。
当初から反2ちゃんねる系サイト等を攻撃していた攻撃型ウォッチブログも
一部を除き、一斉に山本連合を支持し始めていたことも不審感を強める
キッカケの一つでもありました。

山本氏による2ちゃんねるの乗っ取り計画の可能性も一時期視野に入れて
いましたが、現段階ではまったく実現性は感じられません。

また、同時期にwanwan氏が書籍化がどうのこうのという発言をブログで
繰り返していたのが気になり、ひょっとしてバイラルマーケッティングの
一環ではないのかと疑うようになりました。
2ちゃんねる陣営が「電車男」という成功例に気を良くしていた時期でも
ありましたので、2ちゃんねるの閉鎖という誰でも注目しそうなネタで
注目を集め、ベストタイミングで関連した本を売り込んでボロ儲け・・

この説が最も有力ではないかと当グループでは予想しております。
他の反2ちゃんねる活動者が、閉鎖騒動に関するニュース記事を引用する
度にwanwan氏が激怒していたり、自分の執筆記事をその日の内に何度も
何度も修正を加えている不可解な行動 そして連携していた既存メディアの
気取った報道やオーマイニュース等の市民記者達の息のあった街宣記事も
全て説明がつくからです。

そして案の定、「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」という本が出版
されました。この瞬間から私はビンゴ!と吠えたものです。
危うく我々も彼等のビジネスに加担してしまうところでした。

インターネットではよくあることですが、この手法に依存し過ぎると
メディアそのものの信用を失くすだけでなく、情報を受ける側の我々に
とってメチャクチャ疲れるだけなのでマジに止めてほしいです。
また 我々のような被害者の感情を利用して一儲けしようなどという作戦は
鬼畜の所業です。いくらビジネスでも、物事にはやっていいことと
悪いことがあります。

毎日新聞社のネット君臨取材班も騙してバイラルマーケッティングに
華を添えようと試みたところ、予想以上にネット君臨取材班の斬り込み取材が
超本気モードだったため自滅を危惧した山本連合やJ-CASTニュースは慌てて
毎日新聞への攻撃も開始したような印象を受けます。
毎日新聞の記事・・ありゃどう見ても空砲ではなく実弾射撃です・・・
何時もなら友軍のフジ産経軍やJ-CAST軍のように空砲を放つだけで終わる
はずだったのが、がんだるふ氏等の2ちゃんねらーに向けられた毎日軍の
銃には実弾が込められていたというわけです。
元日の報道ではあのライブドア事件以来の歓喜が湧き上がりました。
まさか、あそこまで切り込んでくれるとは思っていなかったので・・

ネット上で活動していた他の反2ちゃんねるを掲げていた活動者も
さぞ喜んでいることだろうと見回してみたら、何故か特定の活動者以外は
毎日新聞バッシングの嵐・・ おいおい・・君達はどっちの味方なんだ?
夕刊フジが良くて何故毎日新聞のする報道は批判されるのか。
はぁ・・・やっぱり君達は2ch側の人間だったのかと心の中でため息。
毎日新聞記事はいい意味での踏絵になってくれました。
こちらの視線に気づいて慌てて踏む人も何人かいましたがもう遅いです。

万が一、毎日新聞社も2ちゃんねる側の作戦を認識しつつ組んでいたとしても
あの記事の内容は明らかに反2ちゃんねる活動上メリットがあるので
ネット君臨をアイコ様を通じて推奨させて頂いてます。
ただし、今の毎日新聞様はというとサーバーをヤフーに変更してからは
報道内容が微妙に2ちゃんねる寄りになっている気もしますが私の錯覚かも
しれないのでこれ以上のツッコミはやめます。


毎日新聞取材班の“ネット君臨”が書籍化

バイラルマーケッティングは今や2ちゃんねるファミリーの得意技です。
一般市民の皆様は一日も早くこういった手法に免疫を付けて、無意識の
うちに悪に加担させられることがないようにしましょう。

また 今だから書けますが、この騒動で最も大きな精神的ダメージを受けて
いたのがパパ様(ひとりの親)でした。
現在のブログ更新停止状態との因果関係は不明ではありますが、その一因に
なっていることだけは確かだと断言できます。
実際に連絡を取り合い、共に戦ってきたもの同士だからこそ分かります。
当グループの協力者様の中には、現在のパパ様の停止したブログのことを
「山本の爪痕」と呼ぶものさえもいます。
山本一郎氏と西村博之氏は仲が悪いという一般的な印象がありますが
私は現在も山本氏と西村氏とはビジネスパートナーの関係が続いている
ものと見ています。

現在行われている閉鎖騒動に関する残された裁判は、もはや消費裁判としか
認識しておりません。ネタバレしてしまえば後はただの茶番劇です。
これらの仮説を覆すには、本当に2ちゃんねるを閉鎖させるしか選択肢は
無いでしょう。本当にその気があればのことですが。
2ちゃんねるが閉鎖して誰よりも困るのが山本一郎氏やその仲間自身です。

我々本当の反2ちゃんねるへの攻撃は、騒動に紛れて「ついでに」潰して
おこうかという2ちゃんねるファミリーの思惑だったのではないかと勝手に
解釈しております。
山本一郎氏の勢力こそが全反2ちゃんねるの代表格であるかのように
やたら世論に印象付けたがっているような流れを感じておりました。
確かに誹謗中傷肯定派の山本氏が反2ちゃんねるの代表格みたいに担ぎ
上げられれば、「どっちもどっちだ」という世論を定着させることができる
点で2ちゃんねる側にとって大きなメリットがあります。
私やパパ様のことなどまったく知らなさそうな2ちゃんねらー「湯川 晃」氏
が「アンチ2ちゃんねる事情に詳しい人」ということで週刊誌の取材を受けて
いたことからも、その兆候が見え隠れしていました。
山本一郎氏にだけ詳しいだけでアンチ評論家を名乗るなら本物のアンチなら
博士と呼ばれてしまうでしょう。

この度の騒動は2ちゃんねるファミリーによってプロデュースされた
劇団「2ちゃんねる」の茶番が本質だったのだと私なりの結論です。
それに利用された被害者の方々がいて、私のような本当の活動者は大きな
ダメージを受け、劇団2ちゃんねる側は本を売って金儲けに成功し2ch系の
サービスの売り込みやすい環境も同時に構築することができた。
それだけのことだったのです。馬鹿げた話です。

パパ様がブログの更新を停止させてからは、可視できる反2活動者は
私とアイコ様のブログだけになりました。
正直寂しい気持ちで一杯でしたが、今更撤退できる立場でもないので自分達に
可能なことを精一杯やることに専念していました。
アイコ様は私よりは多少時間が取れる環境にあるということで何かと
協力して頂きました。ありがたいことです。

2ちゃんねらー達からのワンパターンな質問に対応する手間を省くため、
「反2ちゃんねる活動者としての主張」を数回シリーズで公開することにしました。
一月に1エントリというペースなので数よりも質で勝負することに専念
しました。元々が体育会系の私なので文を書くことは苦手なのですが、
時間さえかければそれなりに読める文がかけるので何とか続けることができました。

この試みが思ってた以上に支持を受け、水面下で協力して下さるという方々も
大勢出てきて下さいました。
閲覧者の顔ぶれも、2ちゃんねる系の者達だけでなく、一般の方々も
閲覧して下さるようになりました。
何よりも嬉しいのは、リピーターと初閲覧者とがほぼ半々に来て下さっている
ことです。10月にヤフーのポータルサイトで紹介されてからは、閲覧者の
顔ぶれも一気に多彩になりました。
大学等の教育関係者や議員の先生方 中には海外メディアや著名人
また あらゆる分野の専門家の皆様からのアクセスも確認できるように
なりました。
ヤフーという想定外のリンク先に一時焦りましたが、ありがたいことです。


反2ちゃんねる活動者としての主張【1】

反2ちゃんねる活動者としての主張【2】

反2ちゃんねる活動者としての主張【3】

反2ちゃんねる活動者としての主張【4】

反2ちゃんねる活動者としての主張【5】

反2ちゃんねる活動者としての主張【6】

反2ちゃんねる活動者としての主張【7】

反2ちゃんねる活動者としての主張【8】

「反2ちゃんねる活動者としての主張」は全10回を予定しております。
公開時期については未定です。

現在の2ちゃんねるの動きですが、本業の掲示板運営よりも今は
「ニコニコ動画」を始め、それに伴う各種2ちゃんねる系サービスの売り込みに
力を注いでいるようです。特に「初音ミク」や「鏡音リン」等のボーカロイド
シリーズの売り込みには2ちゃんねるファミリーの力を結集してセールスに
勤しんでいる印象を受けます。
初音ミクの開発は北海道札幌市のプログラマーが担当していると伺っています。
札幌といえば西村博之氏の出身地でもあり、2ちゃんねるのサーバーを
掌っている株式会社「ゼロ」の所在地でもあります。
いわば札幌は2ちゃんねる幹部達にとって聖地のようなものかもしれません。
初音ミクのグーグル八分騒動は、結局ねらー達の過剰な思い込みだったという
結論に落ち着いていますが、私的には敢えて騒動を大きくし注目度を高めようと
いう広報戦略の一環だという見方をしています。
よく2ちゃんねるでも「サーバーが一時ダウンした」といった本来なら騒ぐ
ほどのことでもないネタを大きくニュースにして関連の商品を売り込もうと
する方法と同じ発想です。

あれだけの売り込み方は、「電車男」以来です。相当なカネが宣伝費用に
注ぎ込まれているのでしょう。
これもニコニコ動画系ですが、「ネコ鍋」・・・あれは可愛い・・・
私の中ではメガヒットです。それは認めます。マジで・・・
あまり2ちゃんねる系サービスをここで挙げるのは、活動上マイナス面が
大きく芳しくないのでしょうが、あまりに2ちゃんねるにとって不都合な
ブログになり過ぎても、ブログランキング様に妙なリミッターを掛けられる
っぽいので、ここはヒフティ・ヒフティでいきましょう。
当アクセス解析には投票クリックを押した数も残ります。ほとんど解析数字と
投票される数とで大きな開きがあるのですが・・私の目の錯覚でしょうか。

ランキングに固執する気はありませんが・・
そういうの・・あまり良くないですよ。

最後に2ちゃんねるにとっての2008年ですが、まず解散総選挙が
控えているため、ネット上での2ちゃんねるファミリーの動きも活発に
なることが予想されます。
小泉政権時代、与党の衆議院選挙(郵政選挙)の大勝に2ちゃんねる
ファミリーが大きな役割を果していたのは記憶に新しいかと思います。
郵政民営化に反対していた議員や、小泉政権の抵抗勢力をことごとく
2ちゃんファミリーが叩き潰していた様を見て私は言い知れぬ恐怖を
覚えたものでした。
小泉政権の歴史は同時に2ちゃんねるの飛躍の歴史でもあったわけです。

抵抗勢力のスキャンダルが、まるで予め準備されていたかのような
タイミングでマスコミに取上げられ、そして攻撃されて潰されるの繰り返し。
スキャンダルネタが無ければ、釣りネタを掴ませて墓穴を掘らせればOK
というわけです。ホリエモンメール事件がいい例です。
あの攻撃スタイルは明らかに2ちゃんねる式で当グループ内で「放火
と呼んでいる手口です。 例えるならば、美人局みたいなものです。

女で釣るか、文書ネタ(情報)で釣るかの違いなだけです。
2ちゃんねると対立していたオーマイニュースもこの手口で
炎上させられています。
釣りは2ちゃんねらーにとって落度の無い相手を炎上させるための
マッチと油みたいなものです。

たった一人の匿名の釣り工作によって、大型政党の主要幹部全員の首が
飛び、匿名の悪意は一人でも十分に国政さえも動かせてしまえるものだと
証明してしまったのがホリエモンメール事件でもありました。
2ちゃんねるファミリーは、ウィニーなどでかき集めた内部情報を大量に
ストックしている可能性もあるため2ちゃんねると対峙する予定に
ある組織等は身辺整理をきちんとした後に戦いに挑みましょう。

2ちゃんとは水と油のような関係だったNHKがいきなり、手の平を返した
かのように、2ちゃんねるファミリーの言いなりになっている点でも何らかの
弱みを握られてしまっているのかと想像してしまいます。

現在、ニコニコ動画などで2ちゃんねるの勢力は今後も拡大するでしょう。
しかしライブドア事件の時のように、蓋を開けてみれば違った現実が
隠されていたという事例もあるため、それほど悲観することもありません。
インターネット産業は数字だけならいくらでも誤魔化せる世界です。
戦う前からあきらめる前に、とりあえずは戦ってみましょう。

2007年は偽の年、さて2008年は何が出ることやら。

今年もあとわずかですが、皆様も良い年を迎えてください。


もしよろしければ1票とリンクの協力を宜しくお願いします。
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社会問題

41:反2ちゃんねる活動者としての主張【8】

2007/12/22 (Sat) 00:28
mausuas1

来年はマウス年です。

【人間がネット社会で退化させてしまったもの】

○○(煽り 荒し 釣り 炎上 祭)はネット(または2ch)の華だ。
という2ちゃんねらーのキメ台詞は皆様もネット上でよく目に
されていたことでしょう。

「華」という綺麗な表現で誤魔化しても、結局のところ他人を
傷つける行為であることに違いはありません。
2ちゃんねるの世界では、集団ネットリンチのことを「祭」。
部外サイトを襲撃しサイトを閉鎖に追い込む等の行為を「突撃」。
自分達の気に入らない発言をするサイト管理人へ意見交換の名目で
多数の罵倒を浴びせる様を「炎上」と表現したり。
嘘の情報を流すなどして人々を混乱させる行為を「釣り」と表現したり。
と属に言う「隠語」を用いることで、迷惑行為への罪悪感を上手く
紛らわしているように思えます。
更にこの2ちゃんねらーによる一連の加害行為を「2ちゃんねるの
文化だ」とネット全体に広く行き渡らせることで、迷惑行為その物を
ごく当たり前の行為としてネット市民に植え付けてしまっている
ようにも思えます。

2ちゃんねる系の隠語はどれも迷惑行為としてのイメージが思い
浮かばないような、明るく楽しそうな隠語になっている点も厄介な
ところです。

犯罪者や怪しいビジネスを行う者達も、覚せい剤のことを「S」や
「スピード」と表現したりするのと同じような仕組みです。
人は言葉の表現次第で受け止め方に大きな違いが出てくるのです。
イメージ・・・つまり表面的な部分を指すわけですが、言葉の表現法を
変えるだけでそのことへの印象が一気に変ってしまう人は、表面だけを
理解してて「本質」をまったく理解していないことの表れなのかも
しれません。

つまり中途半端な認識しか持たない人がそれらの影響を強く受け易いと
いうわけです。
簡単な予防法としては、「結局のところ、これはどういったものなのか?」
という結論を探ろうとする気持ちを常に持ち続けることです。
いわゆる探究心というやつです。「どうでもいいや・・」と中途半端に
終わらせたまま行動に移した時点でその人の負けです。
他人の多数決意見など頼らず、ちゃんと自分の頭で結論を導き出して下さい。
難しくて無理だと思うのなら、その対象から距離を置くことです。
食わず嫌いと言われればそれまでですが、冒険心任せに薬剤師の資格を
持たない素人がテキトーに薬を処方して自分の口にその処方薬を放り込む
ような行動をとるよりはマシです。何よりも他人に迷惑がかからない。

自分の理解力を超えているということは、その対象は自分にコントロール
困難なものだと認識したほうが無難です。
冒険心もたまには必要なときがありますが、世の中には踏み込んだだけで
必ずバットエンディングなシナリオが準備されているRPGは数多く
存在しているからです。(例・麻薬など)
そうしたバットエンディングのものは最初から経験者達によって明確な
答えが出ているため、それを参考に、あれは駄目 それはOKだとキッパリ
と割り切ることも大切な要素だと思います。

どんな隠語のオブラードで包んであったとしても、自分の頭で本質を
探るために「結局のところ、これはどういったものなのか?」と
探求していけば必ずオブラードが剥がれ落ちていくはずです。
そして最後に出て来た答えは、人生の先輩方が経験によって導き
出してきた「明確」な答えだったりもするわけです。

歴史は未来の鏡だとマジに思います。
文明が発展しようが、進んだ学問や思想が生まれようが、結局人間の頭脳の
質はそれほど変ることはありません。
過去の歴史資料を読む限りでは、経済 政治 戦争などの仕組みに
ほとんど違いも見られません。

古より続いてきた「戦(いくさ)の歴史」それを見れば一目瞭然です。
人間は何らかの「新しい武器」を持つと、何でもできてしまえるような
「万能感」を抱くことが多いようです。つまり自分は「進化」した新しい
タイプの人間ではないのか・・と錯覚する生き物のように思えてきます。
実際にはその新しい武器が優れているのであって、それを使う人間は昔のまま
変っていないわけです。

しかし、これらのことを今のインターネット産業の人々の多くはまったく
解かっていないようにも思えます。
一般社会では非常識なことでも、ネット社会では常識だと勝手に物事
の是非を決めてしまっている自称・「新しい人」「時代を先取りした
斬新な考えのできる人」「型破りな思考を持つ人」には特に言えることです。
ネット社会における御意見番、特に2ちゃんねる管理人やその取り巻き連中等が
それに該当するのですが、彼等のやっていることは周囲のヨイショ役達が
賞賛するほど新しく、型破りな発想を展開しているわけではありません。

「何でもあり」な手法はネット社会に限らず、インパクトを出すため
過剰な表現で記事を編集したり、事実と異なる色を付けて面白おかしく
記事を書き、それによってユーザーの視線を集めるゴシップ紙のものと
同じ発想です。その他では残酷ゲームや無修正のスケベ本や裏ビデオなど
「刺激」を商品に客を集め、それによってユーザーのドーパミン依存を
煽ってリピーターを獲得するなんてことは昔から行われてきたことです。

一時期流行ったテレビ番組「電波少年」や「たけしの元気が出るテレビ」
などでも、強いインパクトで視聴率を集める手法として広く用いられて
きたもので、何も2ちゃんねるや闇サイト等の集客スタイルが斬新で
時代を先取りした新発明というわけでもありません。
もっと時代を遡ると古代ローマ帝国時代の「コロッセオ」も該当します。
現在ではNHKの紅白歌合戦に対抗するため、他局が手っ取り早く視聴率を
集めるため用いたものが、格闘技というわけです。
歴史は繰り返すとはいいますが・・・

自分達のスタイルを見とめない相手には、馬鹿の一つ覚えのように

古い考え」「古い体質の人間」「古い法律解釈などなど、すぐに
古いと印象付けて自分達を優位に見せようとしてくる。
古いのがそんなにいけないことなのでしょうか?
それに自分達のモノの考え方が、本当に新しいものだと思っているので
しょうか?
良いものは古くても良いものなんです。新しいと考えているものならば
必ずしも良いものとは限りません。

何でもありで、周囲の注目を集めるといった方法は誰でも一度は
考えたことがあるのではないでしょうか。
しかし同時に、他人に迷惑がかかるかもしれないし、犠牲者も出るかも
しれない・・という自重が働き、思い止まってきた事ではないでしょうか。
騙される奴が悪いと開き直る詐欺師や、泥棒して手っ取り早くお金を
手に入れたいといった窃盗犯の発想にしても「やるか やらないか」
という簡単な選択肢によって犯罪者と堅気との境界線が出来上がって
くるものだと私は考えます。

人は誰しも心に鬼を飼っていると言われています。確かにそのとおり
だと思います。
私自身もガキの頃、手っ取り早く欲しい物を手に入れるために、
何でもありな方法で野望を成し遂げようと考えたり、ムカつく相手を
殺してやりたくなったことも何度かあります。
しかし最終的に思い止まって堅気であり続けてこれたわけです。

やるか やらないかは選択肢というよりも、結局「我慢できるか
できないか」又は自分をコントロールできるかできないかという理性の
問題だろうと私は考えています。

だから、それらの自己中を実行したからといって、その人が素晴らしい
わけではないと思います。他人に迷惑の掛かることを「やらない」と
断念することが人としての理性のありかたではないかと考えます。
「他人に迷惑をかけない」という暗黙のルールは人と人とが共存する
ための必要最小限守るべきものです。
いちいち法律で細かく定めていないと理解されないものではなく、
誰しも一度や二度は親から教えられることであり、日々の人間関係において
経験を通して自然に身についていくものです。

付和雷同者の多いネット社会ではこういったタイプの人間が支持され易い
傾向にあり、他人に迷惑をかけているだけの人間を革命家かなにかと
勘違いする輩が増えていることも大きな問題です。
↓↓
「死刑になるなら払う」2ちゃんねる管理者、賠償拒否

道交法違反:「身勝手」被告に求刑の8倍判決 鹿児島地裁

レバノン:「大麻は生活の糧」 大物ブローカーが正当化

それを法律には明記されてないからとか、それで罰された例が
今までにないからとか理屈を垂れようと、自分の行いによって目の前で
苦しんでいる人々がいるならば、それはそれで何らかの迷惑を人々に
かけてしまっているという「結果」がそこにはあるわけです。
その時点で結果を見なかったことにし、知らないフリをしたりすれば
それは明らかに迷惑行為(犯罪)です。

また 自分の試みで迷惑を被った人々と、利益を得た人々とが半々の
割合で存在した場合も、被害は被害として存在する以上、被害を無視
したり、利益を得た人々の言い分のみを挙げて正当化、又は免罪できる
理由にするべきではありません。何人も同意を得ていない他人を、
自分の身勝手な野望のために犠牲にする権利などないからです。
自分の野望を成し遂げるために自分自身を実験台にするなら別。
しかし2ちゃんねる管理人のように、大勢の無関係なネット人を
巻き込んどいて、自分は安全なところから高見の見物なんて行動が
まかり通るようでは人道上示しが付きません。

ネットの被害は絶対に無くならないから、努力しても同じだと開き直り
ずっと無法地帯のままでいいと主張したり、下手に法規制すると窮屈な
ネット環境になってしまうから・・と自分さえ良ければ他がどうなっても
いいと何も対策を考えようともしないネット専門家の面々。

祭(ネットリンチ)や炎上(部外サイト荒し)を「短絡的」に悪いと
決め付けるべきではないと、私のような人間の意見を勝手に解釈している
ネット専門家もいますが。誰が短絡的だって?
どうせ同じ祭でも悪い意味の祭ばかりではなく、いい意味の祭もあるから
という理屈から発せられる意見だとは思いますが、そんなこと言われなくても
百も承知のうえで「祭や炎上はいけないこと」と主張しているわけです。

あの伝統の2ちゃんねる擁護論「悪いのは一部の2ちゃんねらー」
「木を見て森を見ず」と類似した発言(短絡的)にも似ています。
一部の良い事例のために他の悪い意味で発生した祭や炎上に目をつぶるべき
だという発想はあまりに無責任かつ身勝手な考え方としか思えません。

せめて良い事例と悪い事例とが「5:5」の割合ならばギリギリ
譲歩もできましょうが、今の現状を見る限りでは悪い事例が9割で
良い事例が1割程度にしか見えないのです。
そもそも炎上という表現は、良い意味での盛り上がりに使われることは
今までは無かったのです。最近になって急に「良い意味の炎上もある」と
ネットの御意見番達が騒ぎ出しています。私にはとても滑稽に映っています。

2ちゃんねらー達が必死になって世論に健全さを訴えかけている
2ちゃんねる発のP2P(ファイル交換ソフト)「ウィニー」にしても
そうです。ウィニーを短絡的に悪だと決め付けるべきではないと、
大勢の2ちゃんねる派の有識者が大勢いるわけですが、実際ウィニーで
交換されているファイルの約9割近くが違法ものという現実があるわけです。
著作物絡みの被害総額は6時間あたりおよそ100億円。
努力した職人達に与えられるはずの報酬がそのまま湯水のごとくドブに
垂れ流されているわけです。


「Winny」による被害相当額は、音楽ファイル4.4億円
コンピュータソフト等95億円、合計で約100億円の規模と推定


6割が音楽と映像をダウンロード、うち9割が違法

6時間で100億なら年間被害額を単純計算すると14兆6000億円。
これが「通信の秘密」(憲法21条2項)を盾にネット住人の身勝手な理屈を
受け入れてきた日本政府(総務省)の代償額です。
寝ている時間を差し引き、半分にしても7兆3000億円
ネット住人の理屈が「努力した者が報われないネット社会」を作り上げ
同時に闇社会の住人にだけ都合のいいネット社会が作られてきました。

ここまでくると
テロです。
評論家の宮崎哲也氏が2ちゃんねる関連ニュースを扱ったワイドショー
番組で「ネットでは理屈が通っていればいいんだ」と2ちゃんねる管理人の
反社会的な発言などを支持していましたが、年間14兆のウィニー被害
そして2ちゃんねる被害を始めとする多くのネット被害を全て理屈上だけの
ものとして解釈されたのではたまりません。

ネットの弊害は理屈ではなく、「現実」です。
現実をどうにかするには「結果」を重視するしかないわけです。
私にとって、ぶっちゃけネット被害対策に理屈なんてものは
どうでもいいことなんです。
目の前で苦しんでいる人々がどれだけいて、どれだけ苦しんでいるのかが
重要なわけです。被害は現にそこにあるのですから・・
知的財産権を侵害され、努力が報われない職人達、被害者の涙、そして落胆
どれも理屈ではなく「結果」であり
現実なんです。

東京大学 慶応義塾大学 早稲田大学 京都大学など、立派な大学の
出身者の多いネット専門家にとって、理屈はさぞ便利なものなのでしょう。
現実における人の苦しみは教科書等に記された定義だけでは測れません。
社会問題の解決に必要なものは想像力と経験 そして人を思いやる心では
ないかと考えます。

物事を考えるうえで理屈は確かに大事な要素です。 が・・それだけでは
人社会における問題解決に繋げられません。
大規模地震対策を例に挙げてみても、理屈 つまり机上の空論だけでは
絶対に解決できません。

過去の地震の教訓や実際のデーターなどを融合させ、はじめて実用性のある
ものが考え出されてくるものだと思います。
それを理屈のみで地震対策を議論すれば、実用性のある案はまず出てこない
でしょう。
2ちゃんねらー等のネット住人の悪いところとして理屈というものに頼り
過ぎている点です。理屈が悪いと言いたいわけではありません。
それに依存し過ぎていたり、経験や生きたデーターを持ち合わせていない
人が集まってしまい「生身の人間にしかできない議論」がされ難くなるのが
問題なんです。ネット社会では文字だけのコミニュティが主体なので、
どうしても理屈のみに依存しがちになるのでしょうが、そうするとその
導き出される結論が書き込み者の質のみでほぼ決定付けられてしまいます。

実際、新潟中越地震の発生時、2ちゃんねるでは突発的に発生した
大規模災害に対し、まるで人事のお祭騒ぎの書き込みが続くばかり。
被災経験の無いユーザーの理屈はどれも役立たずなもばかりで、中には
こんな下らない情報を書き込んで被災者の安否情報を撹乱する者さえも
いました。


hiro

役に立たないなら、せめて大人しくしててくれ・・

地震被災者の「心の傷」さえも遊び道具にする2ちゃんねる。その1

世界最大の掲示板ネットワークと高性能サーバーの能力が被災者救済に
活かされることは事実上無かったのです。
災害発生直後に必要なものは「情報」です。その情報を伝達する手段として
2ちゃんねるのようなサイトは重宝されるべきなのでしょうが、
いざ地震が発生した直後ではクソの役にも立たなかったというわけです。
日頃から、しょ~~もない理屈ばかり展開している掲示板は、突発的な
大規模災害が起きても役立たずな理屈を書き並べることしかできなかった。
また、理屈のみが重視される掲示板コミニュティの限界を感じさせる事例
でもありました。

2ちゃんねらー達が救済募金を集めたり、携帯カイロを被災地に送った
という美談は私も存じています。それはそれで素晴らしいことだとは
認めてはいますが、できることなら2ちゃんねるにしかできない方法で
救済活動をしてほしかった。募金は2ちゃんねるでなくとも可能だからです。
多くの2ちゃんねる被害を国に黙認してもらってきているのなら、
それなりの社会貢献をして頂かないと「必要悪」としても認識されないでしょう。
情報が売りでもある掲示板サイトが、情報面で貢献できなければ、
掲示板である必要もありませんので。

中越地震で初期の救援情報ネットワークとして大きく貢献したのは、
アマチュア無線ユーザーの方々でした。インターネットという新時代型の
通信技術もそれを使う人間の意識が時代遅れのままでは旧式の通信技術にも
劣ることをあの事例でも証明したわけです。

何でもかんでも理屈のみで問題を解決しようとするネット専門家達と
生の人の声を電波に乗せて交信するアマチュア無線ユーザーとでは
その質に大きな違いが出るようです。
情報量がネットよりは劣る分、伝えるものが理屈以外のものも伝えられる
点で、ネットユーザーにない異なるメンタリティを無線ユーザーに形成
させているのかもしれません。
ネット社会では、被害対策に関する議論が行われる際は、必ず被害者
(現場)の意見は蚊帳の外になります。
被害者の声は完全シャットアウトにされ、ネットで飯を食っている業者や
何らかの利害関係にあるジャーナリストなどの専門家のみで話し合われます。
全員似たような意見(理屈)のみが並び続けるようです。
当然利害関係者にだけ都合のいい意見のみが反映され続けます。
これが防災対策の検証委員でこんなことしたら大問題です。

しかしインターネットではこれが通例となっているようです。
その結果が今のこのザマです。

本来なら政府やプロのネット専門家がやらなければならないことを
私のような一般エンドユーザーが専門家の真似事をしなければ
ならなくなっているわけです。正直、やっててアホらしくなります。

「だったら辞めればいいじゃないか」という話になろうかと思いますが
私も辞められるのなら、とっくの昔に反2ちゃんねる活動者など辞めています。
他にやりたいことが山ほどあるので・・・
私が望むものは「普通にネットを楽しめる環境」なんです。
しかしネットのゴミ屋敷(2ちゃんねる)から2ちゃんねらーという名の
野犬が屋敷からゾロゾロと進出してくるため、気軽に街中(ネット)も
歩けないわけです。
野犬は少し気分を損ねると即噛みついてくるは、他人の敷地内(部外サイト)
で糞尿(煽り 釣り 中傷)を垂れ流すはで臭くて臭くてたまらないんですよ。
これでは普通にネットを楽しもうにも楽しめないわけです。
だから私のような人間が、ゴミ屋敷(2ちゃんねる)のゴミの撤去をその
屋敷の保有者(2ちゃんねる管理人)に苦情を申し立てつつ、野犬の被害に
他の住人も巻き込まれないように注意を促しているというわけです。

しかしそのゴミ屋敷の保有者は何度注意しても改善しないばかりか
敢えてその状態を維持しようとしているというわけです。
更に注意する我々近隣住人のことを、新しいものが受入れられない
古い体質の人間か、裁判沙汰にして管理人からカネをせびろうとしている悪い
人間かのように言いふらすものだから始末が悪い。
下手にそのゴミ屋敷を撤去しようとすると、どこかの大学の教授やら
スーツに弁護士バッチを付けた人達やら、ジャーナリストやらと
そのゴミ屋敷の周りにゾロゾロと集まってきて「言論の自由」「表現の自由」
というプラカードを振りながら大声で叫んでくるわけです。

それ見ているとマジにアホらしくなりますよ。
どこから見てもただのゴミ屋敷にしか見えないものに息を荒げて長ったらしい
理屈を並べてきます。
彼等のようなインテリさん方にはそのゴミは宝の山なのかもしれませんが、
一般市民にとってそれは有害なゴミなんです。
普通のゴミならまだしも、人体に悪影響する放射性物質(名誉毀損)か
産業廃棄物(誹謗中傷)が許容量を遥かに超える量が含まれているわけです。
こりゃたまりません。

これらを、どうしても撤去しないでほしいと主張するのなら、せめてゴミ屋敷
から出る悪臭と、その敷地内に駐留している野犬の群を敷地内に隔離してくれと
頼めば、彼等は「それは無理だ」と言ってくるわけです。
「じゃあ、被害者の私達はどうするんだ」と問いただすと彼等は「諦めろ」
みたいなこと言ってくるわけです。

それは世間一般では許されんだろ・・・と言えば


(2ちゃんねるサポーター)
「これは憲法第何条でネットリティラシーがどうのこうの リベラルが
なんたらかんたらダラダラダラダラ、以下数千文字の長文・・・・更に
横文字でもダラダラダラダラ・・・・それは一部の2ちゃんねらー 以上」

(近隣住人)
はぁ? 理屈はとにかくこっちは困ってるんだが・・

(2ちゃんねるサポーター)
「これは憲法第何条でネットリティラシーがどうのこうの リベラルが
なんたらかんたらダラダラダラダラ、以下数千文字の長文・・・・更に
横文字でもダラダラダラダラ・・・・それは一部の2ちゃんねらー 以上」

(近隣住人)
だ・・だから 理屈はいいから迷惑してるんだって!

(2ちゃんねるサポーター)
「それは憲法第何条でネットリティラシーがどうのこうの リベラルが
なんたらかんたらダラダラダラダラ、以下数千文字の長文・・・・更に」
以下同文


2ちゃんねるがネットで幅を利かせるようになってからは、こんな不毛な
議論が永遠に続いてきたというわけです。
不毛な議論にもってゆき、時間稼ぎしているようにしか思えません。
多少スタイルの違いはあれど、2ちゃんねる支持者の主張内容は皆似た様な
内容です。何か文句を書くと、ダーーーーっと大勢の2ちゃんねらーが反論に
来るのですが、どうせ言いたいことは全員同じなので、代表者の一人のみ
出てきてくれれば事足ります。
彼等にとって人数は相手への威嚇材料でしかありません。
これらは肩書きが弁護士でも有名ジャーナリストでも大学の教授であっても
変りません。ただ難しい漢字や表現 若しくは横文字が多数含まれているか、
弁護士なら六法全集の一部が引用されているか否かの違いがあるだけです。
「それは一部だ」というお決まりのセリフにしてもこの一行で済む内容を
権威ある肩書きを持つインテリは十行 二十行と長文で遠回しに書くだけ。

これらの長文で主張されると免疫の無い人の大半は後退りするでしょうが
慣れてしまえば「なぁ~~だ 結局それが言いたいだけか」と拍子抜け
することでしょう。
木を見て森を見ずと彼等は言うでしょうが、反2ちゃんねる活動者は日頃から
森ばかり見ているので、わざわざ同じ種類の樹木一本一本を丁寧に見る必要が
無いと考えているわけです。我々もそこまで暇人の集まりではありません。

ちなみに2ちゃんねるサポーターのこうした定番コメントのことを、
私は「出前一丁」と呼んでいます。つまり即席ラーメンですね。
この呼名の由来を知りたければ下記のコメントをお読み下さい。


はいはい・・・「毎度御苦労様」と言ったところですね。

下らんな・・・

こうしたネット社会の知識人の言い分を全般的に見て言える事は、
冷たい」「浅い」「極端であること。
まるで生身の人間による思考ではなく、コンピューターの意見を聞いている
ような感覚を覚えます。


冷たいの意味はインターネットを創ったのも、使うのも人間で
あるはずなのに、「人間の心」「感情」というものが彼等の思考材料に
まったく含まれていないことです。
全ては理屈 「理屈さえ通っていれば全て良し」「法律に触れてなければ、
他人がどれだけ苦しもうが、迷惑かけようが、それは悪いことではない」
などなど、インターネット市民の間では、こうした善悪の判断基準が法律
でしか行われていないのを強く感じます。

一般社会なら、いちいち細かく法律で規制したり明記したりせずとも
一人一人の他人を思いやる気持ちが自然に働き、社会全体の調和が保たれて
きました。
しかしネットでは、「現実社会での法律はあってもインターネット上での
ことでは法律が定められていないのでネットでは適用外だ」と考えたり
「ハンドルネームは、本名ではないので、ハンドルネームを呼びながらで
あればいかなる誹謗中傷や名誉毀損も合法である」「死ねとは書いていない・・
氏ねと書いているのだから合法だ」とかこんな理屈ばかりです。

悪徳商法業者じゃあるまいし、脱法テクニックや言葉遊びのような善悪の
判断基準を用いているようではネット社会は詐欺師天国の無法地帯です。

ネットを窮屈な空間にするのがヤダとか言って無法地帯で殺伐としたのが
いいんだと、カオス路線を目指し、戦争を知らない我々現代人がハード
ボイルドを気取ってみたところで結局はガキの戯言。
現行法を守らず型破りな天才肌を気取っても、自分の身が現行法によって
今まで守られ続けてきた半端者でしかないんです。

そんなにカオス・殺伐・無法地帯がいいと言うのなら、今の日本国憲法
全てを廃止し人を何人殺しても罪に問われないようにするべきだと思います。
気に入らなければその人間をあらゆる手段で消してしまえばいいわけです。
そうなれば、私はテロ組織にでも弟子入りし、ネット社会でカオス路線
がいいと叫んでいたネット専門家達を片っ端から消しまくるでしょうね。
私は中途半端は嫌いなので、カオス・カオス叫んでいた彼等の望む世界を
最大限に叶えてあげられると思います。

過激な事件の連発で、カオス路線をいくネット専門家のサイトや企業
は大繁盛。出版物も売れ、広告料もガッポガッポ そのアクセスの燃料に
なるのはもちろん、言い出しっぺの皆様御自身と、その御家族様です。
ユーザーや部外者だけをカオスの世界に巻き込んで管理人は安全地帯から
高見の見物なんて、あまぁ~~~い行動は許しません。
言い出しっぺが最初に生贄になるのは当然でしょう。
無法地帯の推進を唱えるなら、それぐらいの覚悟を示して頂きたい。

その覚悟があるというのなら、私は2ちゃんねるサポーター側の
主張を全面的に受け入れてもいいと思っています。

次に
浅いの意味は、物事を考察するとき、表面上の目に見える
部分しか考察材料にせず、浅はかな推測をしてしまうことです。
物事を深く見極めようとはせず、思い付きと感情のみで何でも結論
付けてしまうという困ったメンタリティを指します。

例を取って説明すると、2ちゃんねらーが引き起こした祭(ネットリンチ)
「死ぬ死ぬ詐欺(さくらちゃん祭ともいう)」も、彼等のそんな浅はかな
考察が引き起こした事件だと私は考えています。


さくらちゃん祭の主犯格は58歳の2ちゃんねらーだった!

2ちゃんねる側の主張は、さくらちゃんの心臓移植に掛かる費用を
両親は家も私財も投げ出さず、他人からの募金だけで費用を捻出するとは
何事だというものでしたが、彼等は私財を投げ打って一文無しになった
両親が、さくらちゃんの術後のケアをどうするのかまで知恵と想像力が
およばなかったのです。

祭スレッドを読んでみても、その点について指摘する意見は私の知る
限りでは見当たりませんでした。
また その募金が怪しいといっても寄付するのはその人の自己責任です。
嫌なら寄付しなければいいだけです。 2ちゃんねらーも似たこと主張
しているではありませんか。
嫌なら見なければいいと。
どんな募金にも言えることではないでしょうか。
これこそが、2ちゃんねらー達の大好きな「自己責任」の論理ではないでしょうか。
さくらちゃん募金に協力する気など、さらさら無い2ちゃんねる軍団が
探偵気取りで騒いだところでただの嫌がらせなんです。
そんなに許せないと思うのなら、ネットでネチネチ叩くよりも、さっさと
夫妻を自慢の2ちゃんねる世論の力で刑事告発してしまえば良かったんです。
猫の虐待事件の時と同じ要領ですればいいんです。

それによって、寄金が集められず、さくらちゃんにもしものことがあれば、
もちろん! 2ちゃんねる軍団が責任を持って全ての面倒を見る!
当たり前のことです!
祭が原因でお子様が亡くなった場合は、間違いなく殺人です。

「さくらちゃんに何かあったら・・・」とここまで想像力が
働かせられないほどに、ネット住人の考えは浅はかと言わざるえない。
「人の命を左右しかねない祭」だということを死ぬ死ぬ詐欺祭の
先導役の一人「がんだるふ」氏はそれを自覚していたのか疑問が残ります。


極端の意味は、物事に対し微妙な判断と見方があまりできてない
ということです。それを物語る事例の一つとして「光市母子殺害事件の
弁護団懲戒請求騒動」が挙げられます。


光市母子殺害の弁護団、橋下弁護士を提訴 懲戒呼びかけで業務妨害

少年犯罪に伴う少年法の適用云々の話には大きなジレンマが存在します。
法の番人としての立場を重んじる判事 弁護士 検察官などの方々の
言い分と被害者としての言い分との格闘が常にそこに存在しているからです。
弁護士のように法の専門家としての立場が存在する以上、被告側がいかなる
極悪人であっても手を抜かず全力で弁護しなければならない義務が発生
するわけです。
しかしその立場を少しでも理解してあげられるだけの柔軟姿勢がネット住人達
には見られないことが多いのです。

「白か黒か」「右か左か」「上か下か」と、どちらか一方に結論が
偏ってしまう傾向にあります。つまり「微妙」な意見が交わされることなく
結論が出されてしまう傾向があります。
おまけにその物事が結論付けられるスピードが異常に早い。
少年が殺人を犯してしまった・・・「死刑だ! 死刑! 死刑!」と即決。
反論意見が少しでもあれば、狂ったかのようにその意見者を罵倒し続け
数の力で強引にねじ伏せようとするネット世論の風潮。

公開処刑と題し、その場に集まったギャラリー(市民)の多数決のみで即決
その場で容疑者を流れ作業的に銃殺刑にしていく様を想像する気分です。
どこかの国の負の歴史を見ているようです。

ネット住人が考えているほど、人間社会は単純な仕組みではありません。
人の心や気持ちも単純な仕組みではありません。
そして人の生死のジャッジはゲームの中の選択画面とは違います。
一度決定するとリセットは効かないんです。

2ちゃんねるの被害問題について感情的に判断するべきではないと
言ってみたり、一部の被害だけで悪と決め付けるのは早計だと言って
みたり、自分達の利権に関わる時だけは人が変ったかのように
慎重論を唱えてくるという身勝手さ。
やれば出来るくせに、他人ごとになった途端自己中で幼稚な討論を始める
ネットの御意見番の皆様。
そんな駆け引きに固執した討論スタイルを見ていると、こんな連中の利権の
ために、罪も無い大勢の人々が犠牲になってきたのかと怒りが込み上げて
きます。大勢の犠牲を前提にした試みを、まるでゲーム感覚で始めてしまう
精神状態は、私のような体育会系の人間には到底理解不能です。
いや、理解したくもない。

こういう性分の連中が、何のためらいもなく、同じ人間を化学兵器や
核兵器の実験台として今まで投入してきたのかと想像してしまいます。



【悪戯としてなら、何をしても許されるという考え方】

2ちゃんねらーに限らず、ネット住人全体にもよく散見される意見として
「あれは悪戯でやったのであって大したことではない」
「あれは悪意の無い殺人予告で、ただの悪ふざけであり深刻に受け止める
べきではない」と、楽観的に受け止めている意見が多いです。
ネット上で凄惨な被害が発生し、当反2ちゃんねる系サイト等で取上げると
よく「あの人(加害者)は悪気があったわけではないので許してあげて」
とか「ただの悪ふざけだ」とか「ガス抜きも必要だ」と意見が来ることが
あります。私はその意見を見る度に強い怒りが込み上げてきます。

加害者を擁護する意見はあっても被害者を気使う意見がまったくと
言っていいほど無いからです。
それに悪戯や悪ふざけとしてなら、何でも許せる感覚も理解し難いです。
彼等の意見を「寛大で包容力のある意見」と受け止めれば、私も2ちゃん
ねらーとしての資質があるのでしょうが、残念ながら私は被害者の気持ちを
無視できるほど冷淡にはなりきれません。

殺人事件の法廷でのやり取りで、「殺意が有ったか無かったのか」という
焦点に絞られることがよくありますが、この判定が後の判決に大きく左右
するものだったりもします。 過失か、それとも殺意有りかによって実刑か
執行猶予の有無さえも決まってしまうほどです。
殺人事件に限らず、窃盗 詐欺 傷害など、どの被告弁護人もほぼ必ず
「偶然そうなってしまった」「悪ふざけでつい・・」「結果的に・・」と
いったように、それらの言い訳によって「悪意の否定」を試みてくるのは
毎度のことです。


人の身勝手さが生んだ“ネットの悪習”に裁判所がNO!

私は反2ちゃんねる活動者になって間もない頃、ネット住人達がやたら
あれは悪ふざけだ」「悪意は無いんだ」「ただの悪戯に過ぎない
ネット事件が発生するたびに何故、いたるところで街宣しまくってたのか
不思議に思っていましたが、なるほどな・・・と感じるようになってきました。
何でもかんでも「ただの悪ふざけ」とあらゆるネット犯罪を世論に楽観的に
印象付ける狙いがあったのかは解かりませぬが、そんなことは実際に
被害を受け続けてきた被害者にとってどうでもいいことなのです。

悪ふざけであろうが、相手を傷付けた事実は間違いないんです。
道交法と同じで、車がインターネットに変っただけのことです。
被害者にとって、加害者側の悪意の有無よりも、「受けた被害の結果」
が重要です。
殺意の無い殺害予告もターゲットに与える精神的・心理的なダメージは
まったく同じです。これは誹謗中傷や名誉毀損にも言えることです。
相手に殺意が無いと解かってはいても、それは確実なものではなく、
たんなる
予測に過ぎないからです。
その書き込みに即発されて実行してやろうと考える者は絶対いないと
言い切れる者も、また絶対にいないのです。

人の生死に関わる問題で、たんなる予測によって楽観視できてしまえるほど
我国のリアル社会の大人は脳天気ではありません。
まして、殺害予告のターゲットにされたのが学校等の教育機関なら、脳天気
に対応すること自体が大問題になります。
もし皆さんの愛する人が、名指しでかつ時刻や場所も示して殺害予告された
とします。皆さんは「ただの悪ふざけだ」と決め付けて愛する人を予告された
現場に同時刻に一人で行かせられますか?

ネット住人はとにかく他人の痛みを知らなさ過ぎます。
というか理解しようともしない。

ただ悪ふざけだから許してほしい又は、寛大な判断を求めたいというのなら
光市の母子殺害事件の元少年も
甘えたかった」「ドラエモンが何とか
してくれると思った
という言い分も難なく受け入れられるはずです。
事件の内容に関係なく、結局そういう理屈になるのではないでしょうか。
元少年が「殺意は無かった」と主張しているのだから、日頃から元少年と
類似した考え方を持つ2ちゃんねらー様が、何故このときだけ元少年の
言い分に対しムキ~~~と激怒するのか私は不思議でたまりません。

お気づきになりませんか?
2ちゃんねらーの皆様が怒りの矛先にしている元少年や被告弁護団は
日頃の皆様自身の姿を映した鏡であることに。

弁護団が、強引な理屈で犯罪行為を単なる「悪ふざけ」と軽く済まそうと
してくるスタイルなどは日頃ネット上で偉そうな事を並べまくっている
皆様にソックリです。

皆さんは鏡に映った自分の姿に対してギャ~ギャ~騒いでいるわけです。
その元少年や弁護団に対する怒りの念は、日頃から皆様に向けられている
2ちゃんねる被害者のものに近いものだと実感して頂けるでしょう。



【主張シリーズ】

反2ちゃんねる活動者としての主張【1】

反2ちゃんねる活動者としての主張【2】

反2ちゃんねる活動者としての主張【3】

反2ちゃんねる活動者としての主張【4】

反2ちゃんねる活動者としての主張【5】

反2ちゃんねる活動者としての主張【6】

反2ちゃんねる活動者としての主張【7】

反2ちゃんねる活動者としての主張【8】

反2ちゃんねる活動者としての主張【9】

反2ちゃんねる活動者としての主張【10】

反2ちゃんねる活動者としての主張【あとがき】



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