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JYAKUSYA

Author:JYAKUSYA
ようこそ。
私はとある反2ちゃんねるグループの広報担当で弱者と申します。
ここは文書ばかりで、内容も重いものばかりですが、社会問題とは常に重いものです。 それをお伝えするのがこのブログ開設の趣旨ですので、どうかご容赦下さい。

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44:反2ちゃんねる活動者としての主張【10】

2008/04/28 (Mon) 22:36
linus

マスコミの皆様、たまには金儲け以外に本業らしい本業をしてくれ。
おたくらは外国、特にアメリカのマスコミではなかろう。
日本のマスコミのはずだ。たまには日本らしいマスコミの生き様を
見せてはくれまいか。(写真)ライナス学園生徒の皆様の寄書きより。

「ネットの怖さ知って」ライナス学園長

“2ちゃんねるさえなければ…”ライナス学園長



【人々の苦しみや悲しみをショーとしか認識できていない者達に告ぐ】

世の中、良いところも有れば悪いところもある、そうした格差があるから
こそ楽しい
」「光と影の交錯する混沌とした環境だからこそ楽しい」という
2ちゃんねる的思想又は、これに類似したメンタリティーを持つインテリは
世の中に大勢いるわけだが、こうした「楽しさに対する考え方」又は「概念」は
少なくとも被害者の立場にある人達にとってはどうでもいいこと。
その者達が常に格差の底辺に身を置きながらも、自分自身の境遇が「楽しい」と
捉えられるのかと言えばそうではないと思う。(Mな人なら別だが・・)
不幸せのどん底にいる人が「だからこそ楽しい」と日々の生活が楽しく感じられる
のなら、自殺する人間なんていないはず。

社会問題について語るうえで、そんな「楽しければ何でもあり」「自分が楽しいと
思えることは何でも正義」を信条とする者達が、自分に降り掛からない災い
(社会問題等)に対して、問題意識を持つことができるのか?と、私なりに疑問を
抱く。たぶん持てないだろう。楽しいと感じるものを社会問題と認識することも
なければ気ずくことすらないだろう。

持たないからこそ、2ちゃんねるの運営は敢えて荒れやすいネット環境を構築し、
その状態が「楽しい」 だからこそ、「これが正義」と認識する。
まぁ・・それが結果的に広告料もガッポガッポ稼げるし、被害が出れば出るだけ
メディアにも取上げられ、サイトの知名度も上がり、2ちゃんねる関係者達も
あらゆる面で恩恵を得ることができるのだから楽しいと感じるのは当然か。
あとはテキトーに「誹謗中傷については反対」とでも主張して中立者や客観的意見者
の立場を装っていれば純粋な言論、表現の自由を掲げる革命家を気取ることもできる。
「格差があるからこそ楽しい」という言葉で気取って見せたところで、他人の
苦しみを一切知らずに、又は理解せずに今まで生きてきた人独自の意見でしかない。
しかしそんな人々が今の日本の社会では強く支持される傾向にあるのも問題である。

物事にはバリエーションが豊富であれば楽しさも出てくるのかもしれないが、
深刻な社会問題に楽しさも、バリエーションもない。
社会問題を語るときに「自分よがりの楽しさの定義」を持ち出すこと自体が
不謹慎であり、その空気が読めないことそのものが社会問題の本質の一つでも
あるように思える。
現実問題として、多くの人々がネットの闇に苦しめられてる今、カオスだから
こそ楽しいだとか、自慰に近い理屈を聞かされても我々被害者にはただの無責任
発言なだけである。そんなにカオス世界が好きなら、世界の紛争地帯にでも
引っ越してそこに住みやがれと言いたくなる。

私は、「深刻な社会問題」の本質とは、深刻さを、深刻と認識「しない」または
できない」人々の「鈍感さ」又は「非情さ」によって生み出されるものだと
強く感じることがある。

人の苦しみや痛みを理解できないのが、一つの優れた人間の形だと勘違い
している人も大勢いる。小泉元総理が「鈍感力」を持つことも必要だとか、
安部元総理にもお勧めになっておられたが、他人の痛みや苦しみに鈍感に
なることが多くの社会問題を抱える国のリーダーに必要だとは思わない。
図太い神経を持つことはリーダーに必要な要素であることは間違いないが、
図太さと鈍感さは違う。図太さは器からくるものであり、他人の苦しみを
感じていないわけではない。ちゃんと感じている。しかし鈍感な奴は感じる
以前に問題そのものの存在に気づけない。
だからこそ人は社会問題と呼ばれるものを世に生み出してしまうのではないのか。
私はそう思えて仕方が無い。

最近は、お笑いトークにて社会問題について論じ合う番組が高視聴率を
集めているようにも思えるが、私にとって「たかじんのそこまで言って委員会
や「太田光の私が総理大臣になったら・・秘書田中」等の討論とバラエティの
融合型番組は、堅苦しい物言いを嫌う若者をターゲットに、思想扇動を狙った
ものという印象しかない。毒舌路線や爆笑問題の茶化しネタも嫌いじゃないが、
物事の本質を見難くする論点ズラシのような進行が頻繁に見受けられるようにも
思える。「とりあえず盛り上がれば議論の中身なんてどうでもいい」という
番組編集の意図を感じる。この議論の流れ方・・あまりにも2ちゃんねる的でもある。

そこの局のスタイルに都合のいい発言をしてくれそうな人物ばかりが見事に
出演ゲストとして選ばれているようにも思えるのは私だけだろうか。
ただし、出演者達の表情や口ぶりを見る限りでは、おそらく番組の狙いを
意識して発言している者から、素の発言が飛び出している者とで半々の割合だと
思われるが、番組プロデューサーやディレクター陣が期待する発言をしてくれ
そうな扱い易い「食わせ者」を選んできている様にも思える。

これらの番組の出演者達の顔ぶれは、いかにもズケズケモノを言う猛者の
集まりという印象を受けるだろうが、出演者間での相性は良く、討論しても
さほど荒れることはない。司会者のテクもあってか、荒れてもすぐに沈静化する。
つまりある種の空気が読める出演者達である。その空気とは、民意の空気ではなく
メディアの空気」が読める人達を指す。簡単に言えば世渡り上手ともいう。
ハッキリ言って世渡り上手にジャーナリズムを求めること自体がナンセンスと言わざる得ない。
特に在京のキー局(フジテレビ等)を始めとする大手メディアほど、その出演者に
世渡り上手系が多くなる傾向にある。
毒舌かつ過激な口調で発言する者であれば、ジャーナリズムを貫いている人とも限らない。
これはメディアの出演者に限らず、ネットのブロガーやサイト管理者にも言えることでは
ないだろうか。 真のジャーナリズムは、表現上の印象だけでは決まらない。
重要なのは、その内容であると私は考える。

あの程度の言い合いで「激論・毒舌」と印象を受ける人は、今までに正真正銘の「討論」
というものを目の当たりにしたことが無いのだろう。

こうしたメディアの食わせ者メンバーの一人で、最近大阪府知事に就任した「橋下 徹」氏も、
その食わせ者ぶりを象徴するかのような行動が見られた。
知事選に出馬表明する数週間前に流れた「橋下弁護士、2ちゃんねるを刑事告訴
の報道である。元々橋下氏は2ちゃんねる世論の恩恵を強く受けた実質的な2ちゃんの
利害関係者のような存在である。そのため本気で2ちゃんねると争う気はさらさら無いことは、
私も十分に解かっていた。
知事に就任してからでは、公務に追われ、2ちゃんねる訴訟どころの話で
なくなるのは橋下氏も容易に想像できているはずだからだ。
こうしたどうでもいいようなニュースを、大手メディアが大々的に報道してくる
時は、決まって何かを売り込むキッカケにしてくることが多いので、私は
橋下氏が2ちゃんねるを訴えたというニュースを見て、喜ぶどころか不安のみが
頭を過ぎっていた。

すると案の定、絶対に出馬しないと言い切っていた知事選に、出馬表明。
やっぱりね・・」という印象である。
出馬表明に関し、2ちゃんねるで橋下氏を批判する祭が発生していたが、
ひょっとしたら、という気持ちで、祭スレや、2ちゃんねる系ブログ群の
動きを観察すると、見事に「橋下氏を当選させるための批判」を展開していた。
情報戦略の世界では、批判にも色々あり、相手にとって不都合な批判の他に
表向き批判しつつ相手を支援して活かすテクニックもある。
つまり誉め殺しテクニックの逆バージョンと解釈していただければよい。
2ちゃんねるファミリーがたまに用いる荒業の一つで、攻撃方法に微妙なサジ加減
を必要とする。そのサジ加減を失敗すれば、相手を本当に潰しかねない。

手口の仕組みはとても単純。周囲の支持など絶対に得られそうに無い内容で
で批判を展開すればいいだけ。
しかしそのデタラメ度の加減をミスれば、表向きの目的どおりの結果となる。
例えば、批判したい相手がそこにいるとして、その相手を批判する人間達が、
いかにも陰気臭く、更に馬鹿っぽいネガティブキャンペーンを展開していれば、
批判さる側に市民の同情が集まる。また、自己中な批判世論に対する反発心が
自然に生まれることにより、批判される側が正義という印象を市民に強く植え
付けることができる。

おまけに、メディアタブーである2ちゃんねるに形だけでも、「悪いことは悪いと
と立場の強い相手にさえも「NOが言える信念の人」という健全な政治家の
イメージを有権者に示すことができ、橋下氏にとって大きなメリットがある。
つまり2ちゃんねるに対する市民の反感を選挙に利用されたのではないかと感じる。

だから、2ちゃんねるで祭の対象にされているからといって、その人物が反2ちゃんねるの
意思の持ち主だとは限らない。
同じ祭にしても、何通りかの「祭られ方」というものが存在し、その用途も様々である。

2ちゃんねるや、それ系統のサイトやブログの書き込みを、文字通り読み取るは愚か者の
すること。心理学や情報学等の知識を持つ者が執筆した文に対しては、目で読むのではなく
」で読むべき。

これらは、反2活動者以外の人でも慣れれば誰でも身に付けられるので、今後のために
2ちゃんねるファミリー()の手口を覚えておけば、ネットの世界に限らず、また違った世の
仕組みが見えてくるだろう。

「2ちゃんねるファミリー」2ちゃんねるの運営や、その関係者及び 関連企業等
 において何らかの利害関係にある人物や組織等を指す反2用語
 当グループが認識し易い様に勝手に命名した。


これは私の活動経験からくる勘と推測に過ぎないが、過去にも我々反2ちゃんねる
活動者への印象を悪化させるため、いかにも、「ボク、バッカでぇ~~~ス♪」
2ちゃんねるの被害を受けて当然の馬鹿でぇ~~す♪」と世論に印象付けている
ようにしか思えぬ、反2活動者が毎度のように出現してきた。
そして無関係なサイトなどを、御丁寧に「我こそは反2ちゃんねる活動者なり」みたいに
アピールしつつ襲撃し、「どっちもどっちだ」という世論を作り上げた後、何事も無かった
かのようにネットから姿を消す。そして忘れた頃に、またネットに舞い戻ってきては、
再度同じ行動を繰り返す。
少しでも反2ちゃんねるな世論が高まりを見せてくると、ほぼ99パーセント、こういった輩が
出現してきては何もかもぶち壊し、風のようにネットから去っていく。
そして必ず、ベストタイミングに数人のグループが現れては、下のような意見を書き込み
ながらネット上を徘徊する・・・ こうしたパターンは今やお約束である。

やっぱり、アンチも2ちゃんねるも、どっちもどっちだ

2ちゃんねる側は、今後、いかなる問題が発生しようと、今以上に印象が悪化することはなく、
元々から市民から嫌われることを前提に開設されている掲示板である。
最初から黒いものに黒で塗りつぶしても黒のままである。だから今更批判されても痛くも
痒くもない。しかし我々のような反2ちゃんねる活動者側はそうもいかない。
第三者達から、「目くそ鼻くそを笑う」みたいな印象を持たれた時点で、反2ちゃんねる側の
言い分の説得力は半減する。彼等はそれを狙っているわけである。

こうした下らない連中がネット内には大勢いるだけに、私の単なる推測も
確信へと変る事件に皆様は今後、不幸か幸運か、遭遇する日が来る
のかもしれない。

こうした食わせ者達が出演する番組にも、本当のサプライズ発言の一つでも
出てきてくれないと、視聴者側としては物足りない。しかし討論番組中での
都合の悪いサプライズは局側にしてみれば死活問題だろう。

ガチでやるなら、せめてこれぐらいのネタをオンエアしてナンボだろう。


「小泉首相の父親、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業を主導」

そんな番組があれば、高視聴率間違い無し。
ただし番組制作者は社会的名声を得るのと引き換えに失業を余儀無く
されるかもしれない。最近亡くなられたダン池田氏のような人物が
メディア社会に一人はいてもいいのではないだろうか。

そもそもメディアタブーというものが多数存在している時点で、日本のメディア
の底は知れている。最初から存在しないはずのジャーナリズムに微かな未練を抱く
自分自身に虚しさを感じることも時々ある。

ま 扱い易い人物だからこそレギュラー出演者として定着できるのだろうが、
トーク番組本来の目的の趣旨に沿わないものになる。
本当の意味で討論番組をプロデュースしたいのなら、相互の力のバランスを
均一にし、ディスカッションの優越のみで世論の流れが決定付けられることが
ないようにする必要がある。その理由は、今の日本の若者達には自分の足と頭で
物事を見極めようと努力できる人が少なくなったようにも思えるからだ。
番組を2ちゃんねると同レベルのものにしたいのなら局側の望む世論側の出演者に
トークの達人タイプの有識者を付け、望まない世論側にはトークの不器用な出演者
を当てて噛ませ犬にすればOK。

それらの発覚が怖いなら、バレ難い様に双方の出演者間で申し合わせし、
八百長トーク番組」にしてもOK。ただ知名度のある有識者間ですると視聴者に
不審がられる。しかし一般に顔が知られてない、ある共通した接点を持つ一般ゲスト
を出演させれば究極のサクラ番組のようなものが完成する。これならば本当の意味
での不都合発言は造反が無い限り、まず飛び出すことは無い。
この方法は生放送にも使える。2006年のNHKのインターネットの問題を取り
扱った生放送特別番組(「日本のこれから」シリーズ「ネット社会」)が典型的な
例だったのかもしれない。
管理人の西村博之氏以外、ほぼ全員が匿名社員という特殊な2ちゃんねるの運営形態
(全国で推定300人前後)そして、一般2ちゃんねらーも基本的に匿名。
つまり2ちゃんねらーであることがバレなければ、被害者だろうが、客観的意見者だろうが、
ネット初心者だろうが何にでも化けられる。彼等のサクラぶりは、何もネットの世界だけではない。

そもそも、大勢の市民が実際に苦しんでいる社会問題を、笑いを交えて討論
すること自体に私はなんとなく抵抗を感じる。社会問題はショーじゃない。
笑えねぇジョークはどこまで言っても笑えねぇわけです。そこのところの空気を
もっと局関係者の方々は読むべきではないかと思う。
実際にその社会問題で苦しんでいるのは社会全体からすれば、ごく少数だから
という楽観的な解釈によるものであるならば、貴様等は何様だという話です。
所詮、出演者達からすればネットの弊害問題などは他人事である。
客観的意見を聞くためという狙いは私にも理解できるが、全ての意見が客観意見
というのでは、議論はどこまで言っても他人事の域から抜け出すことはできない。
震災や事故などについて、現場のことを何も知らないインテリに客観的意見を
求めても無難で浅い内容のコメントが飛び出すだけである。
だから、内容が浅いのなら、せめて楽しく笑いを取ろうという発想が生まれる
のではないだろうか。
堅苦しくしては若者達は番組を見てくれないというのなら、仕方のないことかも
しれないが、ならばせめて、もっとマシな出演者を選ぶべきである。
有識者以外にも解かり易いトークのできる人であれば誰でもいいというわけではない。
もっと思考バランスのとれた人や発言内容によって利害の発生しない人を選ばれた
ほうがいいのではないだろうか。


【ネットの悪習を広め続けてきた者達】

下のネットニュース記事でのインタビューで、2ちゃんねる派記者で有名な
岡田有花氏のあまりにも押し付けがましいインタビューは2ちゃんねる系
記者によく見られる典型的な編集及び取材スタイルといえる。


「『健全な場』が最後に勝つ」「ケータイはPC超える」「Androidはうさん臭い」

ここまでくると、インタビューという場を借りた、自己主張の街宣行為である。
この岡田氏も、2ちゃんねる的思想者特有の理論を持つ。
岡田氏が編集した他の記事も読まれれば、それは一目瞭然なので読んでみることを
お勧めする。中立を装い、口では2ちゃんねるは閉鎖したほうがいいと主張している
一方で実行動では必死に2ちゃんねるをセールスしている隠れ2ちゃんねらー
(2ちゃんサポーターの大半はこのタイプ)よりは岡田氏のように正々堂々と
2ちゃんねるサポーターぶりを発揮して下さっている方の発言は、コテコテの
2ちゃんねる思想を知るうえで貴重な存在である。中立ぶった姑息な言行不一致
連中よりは好感が持てる。


岡田有花」(IT.media News記者)
 バリバリの2ちゃんねる系記者で、2ちゃんねるのスポークスマン的存在。
 京大出身のインテリ記者でもあり、2ちゃんねらー達の人気も高いらしい。
 他には「伊地知晋一」氏(元・ライブドア上級副社長、現在は株式会社ゼロ
 スタートコミュニケーションズ専務取締役)、「藤代裕之」氏(元・徳島新聞
 記者でブログ「ガ島通信」の管理者、NTTレゾナント)、「佐々木俊尚」氏
 (元・月刊アスキー編集部記者で現在はフリージャーナリスト、ネット評論家)
 など、2ちゃんねるに好都合な発言を繰り返すオピニオンリーダー的な存在は
 他にも大勢居るので、予めチェックしておくと、ネット世論の裏側が自然に
 見えてくることだろう。そういうものに興味のある方々には知識としてお勧め。

各個人ごとに、楽しさに対する定義や尺度といったものを持つことは自由であり、
勝手ではあるが、それらを常識みたいにテレビやラジオで広めたり、押し付け
がましく強引に流行らせるのだけはやめるべきである。
つまり、「キサマ等だけで勝手にやってろ 堅気をまき込むな」と言いたいわけ
である。未知の領域に挑戦するだとか言って怪しい実験を繰り返そうが、市民に
迷惑をかけないのであれば好きなだけ挑戦してもらって結構。
しかし貴様等のしていることは、同意を得ていない市民をモルモットにした
人体実験である。おそらく「実際に相手の体に触れたわけではないよ。へへ~ん♪」
法律にも明記されてないし、実害があったわけではないよん♪」と理屈をタレて
くると思うが、人の感情や心といったものも立派な人体の一部と考えてもいい。
実際に精神性ストレスが原因で命を落とした症例も公に確認されている。
そもそも医療の世界に精神医学というものが設けられていることを考えれば、
そんなこと学校で習わなくても、六法全集に明記されてなくとも解かることである。

無関係な一般市民をモルモットにして自分は安全なところから高見の見物。
いったい何様のつもりなのか。
モルモットにするなら堅気の人間ではなく、同じ闇社会の人間か、自分の
家族や身内を実験台にするべきである。自分達のしていることが絶対的正義だと
強く信じているのなら、それぐらいはできるはずである。
ナナロク世代か権威だか知らないが、偉そうにテレビやラジオの電波使って、
貴様等の金儲けに都合のいい概念を市民に吹き込むのだけはやめてもらいたい。

貴様等のしていることは危険なカルト教団の布教活動よりたちが悪い。


vehe

誹謗中傷を繰り返す2chユーザーに同情し、「やらせてあげましょうよ」と
涙ながらに悪質ユーザー達の悪事に理解を求めようとしているタレントの
真鍋かおり」女史。つまり被害者には「そのまま死ね」ということか。
このように、ネットを取り巻く世論において、加害者のために泣いてくれる
人はいても、被害者のために泣いてくれる人はいない。それが今の日本の社会。
女の涙は男を困惑させるが、困惑する以前に心底軽蔑したくなる女の涙を
見せたのは私の中では真鍋かおり女史で3人目である。

眞鍋かおり女史のその時の動画

たまたまかも知れないが、今までにネット世論にアホみたいに媚びてる有名人に
ロクなのを見た例がほとんど無い。どちらかと言えば、ネット世論に「本気」で
異論が唱えられる奴ほどピシっと一本筋通った奴が多かった。(発言内容はともかく
として)確かにネット世論に媚びれば何かと見返りは期待できるが失うものもある。
だから、現時点で、ネット世論にて大々的に称賛されている人物は、ネット社会の
陰気臭い人物等と何らかの接点を持つ人物かを、とにかく詮索してみるのもいい。

そんなネット世論に反骨できる人間は今時のメディアには向かないのかも
しれないが、何時かそうした人間がメディア・・いや・・社会に必要とされる
時代が何年か先かに必ず来る。それまでの辛抱である。
今はとにかくメディア関係者達が2ちゃんねる流の理屈に免疫が付き、利口に
なるまで耐え続けるしかない。



【兎と亀】

私は大型掲示板サイト「2ちゃんねる」に関する問題点を今まで指摘し続けて
きましたが、実際の活動を通して2ちゃんねるの問題は2ちゃんねるだけの問題
では収まり切らないスケールの大きなものだと気付かされましたことは、過去の
主張にも書いてきたとおりです。2ちゃんねる掲示板には犯罪を多発させる
環境が存在するように、日本のインターネット社会にはその2ちゃんねるの
ようなサイトが当然のように肯定される環境が存在していたというわけです。

インターネットの世界では誹謗中傷や名誉毀損などは大した問題ではない」と
変に開き直ったかのような論調が、一般のネットワーカーのみならず、被害者救済
を志しているはずのサイバー犯罪専門家の口からも飛び出すほど、ネット社会から
人に対する情というものが消えていたのです。
サイバー犯罪対策の専門家の著書を本屋で立ち読みしたりもしましたが実質的に
役に立つ書物はほとんどありませんでした。
特にネットの暴れん坊集団「2ちゃんねらー」への対策に使える情報など皆無。
いかに彼等は本当の被害現場を知らずにテキトーなアドバイスをしてきたのか
裕に想像に至る内容ばかりでした。
酷いものでは2ちゃんねらーにとって好都合過ぎる対策が推奨されてたり
2ちゃんねるに関連する被害相談にはほぼ無条件に近い形で被害者の自己責任
として強引に結論付け、逆に被害者側を一方的に悪者扱い、若しくは加害者の
行為を肯定又は正当化するかのような内容が綴られているものすらありました。

もうムチャクチャです。そうした一方的な論調で綴られている著書の内容は
被害者泣寝入りへの推奨」と「誹謗中傷行為の助長」でしかありませんでした。
そんな役立たずな本に限って結構な値段が付けられ、被害者が高いカネ払って
まで購入した挙句に「あんたが悪い あんたが悪い 自己責任 自己責任」
なんて書かれてたらそりゃ~~~泣きっ面に蜂もいいとこでしょう。
そんな執筆者達のことについて情報収集してみれば、熱心な2ちゃんねるユーザー
又は2ちゃんねるの利害関係者だったというパターンがほとんどでした。

まだ、サイバー犯罪指南と受け止められかねないようなマル秘知識を紹介する
本を眺めているほうがよっぽど防衛策に使える情報が集められます。
加害者達の間で、どんなサイバー犯罪のマル秘テクニックが紹介されてるのかが
解かれば防衛策が施し易いためです。
皮肉れたことにネット社会での護身術を謳う本より、加害者達の愛読書の方が
被害者サイドに使える情報が意外に多く含まれているという妙な現象がインター
ネット関連の出版物事情にはありました。(最近はその風潮が序々に変りつつある)
空き巣対策を、元・窃盗常習犯に予防法のアドバイスを貰うような感覚でしょうか。
現にテレビで防犯等を扱う番組に講師として、元窃盗犯という経歴を持つ人が
招かれるケースがありました。
犯罪のことは前科者に聞くのが一番手っ取り早いというこのなのでしょう。
しかしこれらは諸刃の剣で、その講師は蓋を開けてみると実は「現役」だった
という結末も過去の例にはありました。つまりその講師は再び窃盗で逮捕されて
しまったのです。皆さんもその時のニュースは記憶にお有りだと思います。

一度裏社会の蜜の味を覚えた者は、その味が忘れられず、なかなかその世界から
足を洗うことはできないようです。
国の機関等が前科者の知恵を拝借して犯罪予防や捜査に活かすという試みは
結構なされているようですが、表向きは更正してても、中身は現役のままでは
犯罪者のスパイを捜査機関に引き入れるようなもの。
これはサイバー犯罪の世界にも言える事で、ネット社会でもダークサイドの
臭いをプンプンさせる人物が、ネット犯罪対策の専門家として、メディア御用達
アドバイザーとしてテレビ等に出演しているケースも少なくありません。
厄介なことに、ネットの闇属性の人間からは、窃盗犯や元暴力団員等の経歴を
持つ人物と違い、外見が「いかにも・・」という誰にでも感じられるようなオーラ
を放っているわけではなく、見た目だけならメガネをかけた温厚そうなインテリか、
笑顔が爽やかな若いお兄さんタイプであったりと、とてもダークサイドの人間
とは思えない印象を受けたりもします。更にそうした善人の仮面を付けた連中ほど
演技派でトークによるカムフラージュもお手のものです。
2ちゃんねる管理人の西村博之氏にしても、元・法務副大臣「河野太郎」氏が
好青年な印象を持たれるほどです。


【参考資料】
2ちゃんねるの管理人、ひろゆき氏と対談(河野太郎氏のブログ)

まさか目の前の成年が、裁判所からの賠償命令を無視し続け、時効による賠償金の
踏み倒し、更には社会や司法に対して中指を立て続けている人物だと、想像すら
できないでしょう。仮にそれらを知りながらブログにも公開しているのだとしたら
司法機関の当時の副大臣として、博之氏の一連の行動を支持していることにも
なるでしょう。あれだけド派手にメディアにも取上げられ、博之氏の反社会的な
行動を本当に知らないということは考え難いと思います。

西村博之氏等の運営関係者は、その口調や空気の作り方、そして独特なメンタリ
ティも持っているので慣れてしまえば直感でその属性が解かる様になるはずです。

残念ながら、現在の日本のインターネットは、タークサイドに好都合過ぎる
ネット概念がメディア関係者や市民に植えつけられてしまっています。
一体誰が最初にこんなフザケた考えを流行らせたのかとても興味が湧きます。
こういうのを「悪習」と呼ぶのでしょう。一日も早く、こんな曲がった考えを
改めさせる必要があります。ネット社会の真の発展を目指すためには悪習を捨て、
今のネット時代にマッチした考えを身に付けさせる必要があります。
ネット開拓時代では「新しく斬新な思想」と謳われていたものですら、ネット
社会の急激な発展速度ゆえに、その思想でさえも時代遅れになっていたのかも
しれません。

我こそは、速い時代の流れに沿う俊足の「兎」だと思い込み、周囲からも
チヤホヤされ、思い上がり、走り続けることをやめて、何時しか亀にも抜かれた
ウラシマ兎と化しているとも考えられます。

地道に歩み続け、兎を追い越した亀は兎に言いました。
「もう走らないのかい? ここの森(ネット)では時間が経つのが速いから
すぐに置いてきぼりになっちゃうよ」

兎は「何を言ってるんだ? 俺を誰だと思ってるんだ!?
時代の先駆者「兎様」だぞ! 時代遅れでお前のような古い懐古主義者に
遅れをとるわけないだろ! 俺の勝利の方程式は絶対なんだ
!」

兎はその亀に既に追い抜かれていることにすら気づいていません。
それどころか、兎はネットの森の果実にばかり目が眩み、それを食べることで
頭が一杯になり、その場から動こうとしません。
亀の忠告も聞かず、傲慢になり、かっての森の開拓者としての先見性を失って
いたのです。

皮肉にも、かって兎が最も否定していた「古い懐古主義者」に、兎自身がなって
いたのです。ネット社会には、こうした兎タイプの人間があまりにも多過ぎます。
2ちゃんねるは素晴らしい。何でもあり路線じゃないとヤダ~~!と主張する
ネット専門家に多く見られるタイプです。

亀は鈍足ながらも歩み続け、その鈍足ゆえに得られるメリットを得ていたのです。
歩むスピードが遅い代わりに視界が広くなり、森のちょっとした風景変化や
動物達の声に耳を傾けられるだけの余裕を得ていたのです。
後先を考えず、好き勝手に兎が森を通過した後には、兎に対する不満を口にする
動物達の姿がありました。「兎は自分さえ良ければいいと、やりたい放題だ」
兎の後を追う亀は、必然的にその不満の声を耳にするようになっていたのです。

元々から人間社会の歴史は同じことの繰り返しなので、懐古も革新もありません。
私の中では「古かろうが新しかろうが良いものは良い」ただそれだけ。
驚くほどの速さで発展するネット社会。その速さの特性を最も知るはずの専門家で
それを解かっていない人が何故か大勢います。
それが2ちゃんねるファミリーを始めとする自己中に偏ってしまっている方々です。
ネットの世界では早ければいいというものではなく、兎も亀もないわけです。


これらは反2ちゃんねる活動者としての主張【8】でも書いてきました。
日本の歴史の中で、坂本龍馬が、日本の古き体質を変えるべく、革新路線で成功を
収めたのは皆さんも御存知のとおりですが、他にも革新路線をとる歴史上の人物は
いましたが、最後には変革の手段として流血や諜略といった非人道的な方法に走って
しまうがために、弱肉強食のパワーゲームとなり、結局は混沌としたアンフェアな
世の中が作られてきました。
では何故、同じ変革路線で坂本龍馬は成功できたのか?
それは対話と相手を敬う気持ちを持ち続けたからです。
1866年、長州征伐以来、水と油の仲だった薩摩と長州とを、坂本龍馬の熱心な
仲介で同盟を結ばせた史実(薩長同盟)には現代の改革路線での成功に繋がる
ヒントが隠されているような気がします。お互いの利害を共有させることで
後々に発生し得るアンフェアを未然に防いだということです。

ゴリ押しのパワーゲーム路線では表向き成功したかに見えても潜在的反発を
力で押し込めているだけで、結局、何時爆発するか解からぬ危険物を溜め込んで
しまうだけです。そんな不安定な格差環境では、光よりも闇が蔓延るものです。
これは歴史が証明しています。アンフェアな社会は闇の住人にとって極めて
好都合な環境になるからです。
2ちゃんねるに対して「NO」の意思表示をする我々被害者対する2ちゃんねる派
の人々の対応は、常にパワーゲームの一本槍でした。

表向きは正論を並べ、言論の自由や表現の自由の尊重といった民主的イメージを
振り撒いてはいますが、匿名という名の仮面を付けた途端に非民主的な路線に
都合よく切り替える。 対話というのは見せかけで実質的な「抑圧」「粛清」
と言えるものばかり。
遠い過去より、改革を失敗した先人達と同じ過ちを現代の自称・ネットの革命家
達は繰り返しているわけです。
抑圧されて無理矢理譲歩させられた結果、後々市民にとってロクな結果になった
例はほとんどありません。

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テーマ : モノの見方、考え方。 - ジャンル : 心と身体


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